遺留分侵害額請求(旧減殺請求権)とは?不動産の相続・売却で知っておくべき重要事項

相続で不動産を受け継いだ際、「遺言書に従ってすべての財産を受け取った」と思っていても、他の法定相続人から「遺留分」を請求されるケースがあります。遺留分とは、法律で保障された最低限の相続取り分で、特定の相続人に財産が集中してしまった場合などに、他の相続人が金銭で取り戻すことができる制度です。
特に不動産の相続では、遺留分に関するトラブルが売却や資金計画の妨げになることもあるため、事前に正しい知識を持っておくことが大切です。「遺留分侵害額請求」(※2019年以前は「減殺請求権」)は、相続した不動産の処分や共有関係に大きな影響を及ぼす可能性があります。
この記事では、相続や不動産売却を検討している方に向けて、遺留分侵害額請求の基礎知識、請求が起きた際の対応、不動産の評価・売却における注意点などを、わかりやすく解説します。相続トラブルを未然に防ぎ、スムーズな資産整理を行うためにも、ぜひ参考になさってください。
この記事を監修した人

岩冨 良二
後楽不動産 売買事業部 係長
不動産業界歴26年のベテランで、宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士の資格を持つエキスパート。豊富な知識と実績でお客様から厚い信頼を得ており、売買事業部のエースとして活躍中。複雑な取引もスムーズにサポートし、最適な提案を行う頼れるプロフェッショナルでありながら、社内のムードメーカーとしても周囲を明るくする存在。
遺留分侵害額請求とは?

遺留分侵害額請求とは、相続によって特定の相続人に偏った財産の分配が行われた場合に、他の法定相続人が一定の取り分(遺留分)を金銭で請求できる制度です。
本章では、この制度を正しく理解するために、「遺留分」とは何か、どのような財産が対象になるのか、また誰が請求できるのかといった基本的なポイントを詳しく解説していきます。
遺留分とは?
遺留分とは、法定相続人が最低限受け取ることができる相続財産の割合です。例えば、「すべての財産を長男に相続させる」と遺言書に書かれていた場合でも、配偶者や他の子どもが遺留分を請求する権利があります。
財産分与により不動産を相続した場合にも、自分以外の法定相続人が遺留分を請求してくる可能性があります。預貯金などの動産であれば分配は簡単にできますが、土地や建物などの不動産は物理的に分割することが難しいため、不動産の価値に応じた金銭での分配となります。
遺留分侵害額請求の対象
遺留分侵害額請求の対象となるのは、被相続人が生前に行った贈与や遺言によって特定の相続人などに財産を分け与えた場合です。対象となる財産には、不動産、預貯金、株式などさまざまな資産が含まれます。
これらの財産は、評価される時期によって価値が変動することがあります。たとえ当時の分配が法的に問題のないものであっても、後に財産の価値が上昇した結果、他の相続人の遺留分が侵害されていると判断される場合もあるため、注意が必要です。
請求できる人
- 配偶者(夫・妻)
- 子(直系卑属) → 子がすでに亡くなっている場合は孫が代襲相続する
- 親(直系尊属) → 被相続人に子がいない場合のみ請求可能
遺留分侵害額が請求できるのは、法律で遺留分が認められている法定相続人です。具体的には、被相続人の配偶者と子どもが対象となります。
また、被相続人に子どもがいない場合は親(直系尊属)も請求できます。ただし、兄弟姉妹には遺留分が認められていないため、請求する権利はありません。
子どもがすでに亡くなっている場合は、孫が代襲相続人として請求できます。
遺留分侵害額請求権の行使方法
遺留分侵害額請求は、遺留分の権利を主張する法定相続人により行われます。まず対象となる財産の評価と遺留分の計算を行います。
その後、侵害された額を請求する旨の通知書が送られてきます。話し合いなどでの協議がまとまらなければ、調停や訴訟に進むこともあります。
請求の期限(時効)
遺留分侵害額請求権の消滅時効は、2つの期限が設定されています。
- 相続開始時および遺留分が侵害されている事実を知った日から1年間
- 相続開始から10年間で消滅
請求する側は、侵害されている事実を知ってから1年以内に、内容証明郵便等での意思表示が必要です。また、相続開始から10年間が経過すると一切の請求権がなくなります。
減殺請求権との違い
旧制度では「減殺請求権」として、遺留分を侵害された財産の返還を求める形式でした。しかしながら、旧制度では不動産そのものをやり取りすることで、相続人間での複雑な共有や権利争いが起こりやすいという問題がありました。
そのため、2019年の民法改正により現在の「遺留分侵害額請求」に変更され、財産そのものの返還ではなく金銭による補填が原則となりました。
遺留分侵害額請求が不動産売却に与える影響は?

遺留分侵害額請求が発生すると、不動産の売却に影響を与える可能性があります。考えられるケースとしては主に次の3つがありますので、詳しく解説していきます。
- 遺留分侵害額に相当する現金を準備しなくてはならない
- 売却のタイミングに影響を受ける
- 共有者が増えることで売却がスムーズにできなくなる
遺留分侵害額に相当する現金を準備しなくてはならない
遺留分侵害額請求が行われると、財産を多く受け取った相続人は、他の相続人に遺留分相当額を金銭で支払う義務が生じます。特に、不動産を相続した場合、売却するか所有し続けるかに関わらず、遺留分の支払い資金を準備しなくてはなりません。
そのため、現金が不足している場合は、所有を希望していても不動産を売却するなどして資金を確保する必要が出てきます。
売却のタイミングに影響を受ける
遺留分侵害額請求が発生すると、不動産売却のタイミングに影響を受ける場合もあります。請求により急いで現金を用意しなくてはならず、焦って売り急いでしまい、適正価格での売却ができなかったということも出てくるでしょう。
また、相続人同士の話し合いや調停・裁判が長引くと、不動産の売却手続きをスムーズに進められなくなります。結果として市場環境が変化し、売却価格が希望より低くなるリスクもあります。
共有者が増えることで売却がスムーズにできなくなる
遺留分侵害額請求は原則として金銭による補填ですが、請求を受けた側が現金を用意できない場合、不動産で補填するケースもあります。その場合、相続人の間で不動産の持分を変更することになり、登記の変更が必要です。
不動産の持分が分かれて共有者が増えると、売却の決定に全員の同意が必要となり、買い手との交渉が難しくなります。また、共有者の意見がまとまらず、売却のタイミングが遅れたり、価格交渉が難航するケースもあります。
遺留分侵害額を請求された場合の対応

- 話し合い
- 調停
- 訴訟
遺留分侵害額を請求された場合は、まずは相続人間での話し合いによって支払方法や金額などを調整します。話し合いでは解決しなかった場合、家庭裁判所での調停へと進む場合があります。さらに調停でもまとまらない場合は訴訟へと進み、裁判官の判断によって請求額が確定します。
とは言え、親族間での調停や裁判などはなるべく避けたいものです。相続が発生したら、遺留分の可能性がある相続人と話し合いの場を持ち、事前に認識を共有しておくことが重要です。
また、遺留分侵害額請求が懸念される場合は早めに弁護士や不動産会社と相談し、対応策を考えておきましょう。
不動産の財産評価方法

不動産の相続や売却において、その価値を正しく知ることは大変重要です。遺留分侵害額請求の際には、ご自身が遺留分を請求する側とされる側どちらにしても、評価方法について知っておくことで財産の価値についての理解が深まるでしょう。
本章では、遺留分侵害額請求でも必要不可欠な、不動産の評価額を算出する方法について解説していきます。
固定資産税評価額
固定資産税評価額は、市町村が算定する土地や建物の価値を示す指標で、様々な税金を算出する際の基準となります。この評価額は市場価格より低めに設定されることが一般的です。
実際の売買価格とは異なるため、固定資産税評価額だけで不動産の価値を判断しないようにしましょう。
路線価
路線価は、国税庁が定める土地の価格を計算するための基準で、主に相続税や贈与税の算定に使用されます。土地の評価方法は、道路に面する1㎡あたりの価格として示されるため、一般的な売買価格とは異なります。
市街地や商業地では路線価が市場価格の7割~8割程度とされることが多く、土地の価値を簡易的に算出する際に役立ちます。ただし、土地の形状や広さによって補正が必要となる場合もあるので注意が必要です。
地価公示価格・地価調査標準価格
地価公示価格は、国土交通省が毎年発表する土地の標準価格で、不動産の売買や融資の参考指標となります。一方、地価調査標準価格は各都道府県が公表するもので、地価公示価格と同様に市場動向を反映しています。
これらの価格は公的機関が実際の取引事例や市場の動向を基に決定するため、売買価格との乖離が少ない傾向があります。しかし、実際の取引価格は個別の土地の条件(形状や利用目的など)が考慮されるため、完全には一致しません。
実勢価格
実勢価格とは、実際の市場で成立する売買価格のことを指します。固定資産税評価額や路線価、公示価格と異なり、売り手と買い手の交渉によって決定されるため、最もリアルな価格指標と言えるでしょう。
実勢価格は、不動産の種類や立地・築年数・経済の状況・需要と供給のバランスに左右されるため、同じ地域でも物件ごとに価格が異なります。売却を検討する際には、不動産会社に査定依頼して最新の売買事例を確認し、適正な価格で取引を進めることが重要です。
不動産の評価額算出は専門家に依頼しよう
遺留分侵害額請求の算出には、実際の取引価格を反映する不動産の実勢価格が最も適しています。不動産の価値は市場の状況をはじめ様々な要因で変動するため、最新の売買情報を把握している不動産会社に査定を依頼し、不動産の評価額を算出してもらうとよいでしょう。
- 市場価格に基づいた正確な評価
- 相続や売却の際の交渉材料にできる
- 法的なトラブルを防げる
専門家に依頼することで、不動産の適正な評価額を把握できるだけでなく、相続や売却の手続きにおいて必要な対応についてアドバイスを受けることができます。特に、遺留分侵害額請求が関係する場合には、不動産の評価が法的な争点になることもあるため、信頼できる専門家のサポートが問題解決をスムーズに進めるための鍵となります。
不動産の価値を正しく判断し、適切な対応を取るためにも、相続が発生した段階で早めに専門家へ相談することをおすすめします。
遺留分侵害額請求に関するトラブルを避けるために

遺留分侵害額請求は相続時に発生することがあり、適切に対処しないとトラブルに発展する可能性があります。特に相続人間で意見がまとまらない場合、調停や裁判へ進んでしまうこともあります。
こうした問題について対策を事前に知っておくことで、トラブルを避けることも可能です。本章でトラブルを避けるための対処法について解説していきますので、参考にしてみてください。
相続発生後すぐに遺産分割協議を行う
相続が発生したら、できるだけ早い段階で相続人全員が集まり、財産の分け方について話し合う「遺産分割協議」を行うことが重要です。相続人間で速やかに意見をすり合わせることで、遺留分侵害額請求といったトラブルの発生を未然に防ぐことができます。
遺産分割協議を行わないまま放置してしまうと、相続人同士の主張が対立し、訴訟に発展するリスクもあります。早期に合意が形成されていれば、不動産の整理や売却などの手続きもスムーズに進められるでしょう。
協議で合意に至った内容は、「遺産分割協議書」として書面にまとめておくことが大切です。後のトラブル回避にもつながります。内容に不安がある場合や、公平な分配に自信が持てない場合には、弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
他の相続人との関係を明らかにしておく
相続人同士の関係が複雑な場合、誰がどの権利を持つのかを事前に整理しておくことが重要です。例えば、相続人の中に「代襲相続人」がいる場合や、特定の相続人が生前に財産を受け取っていた場合、遺留分の計算が異なることがあります。
事前に関係を明確にしておくことで、後のトラブルを避けることができるでしょう。また、相続財産の一覧を作成し、どの財産がどの相続人に割り当てられるのかを整理しておくと、協議がスムーズに進みます。
家族間の話し合いが難しい場合は、弁護士や税理士に相談しましょう。
内容証明での請求通知が来たらすぐ弁護士に相談
遺留分侵害額請求は、相続人が財産の分配に納得できない場合に行われるものです。もし遺留分侵害額請求の通知が内容証明郵便で届いた場合は、すぐに弁護士に相談しましょう。
内容証明郵便は法的に効力があるため、無視すると不利になる可能性があります。弁護士に相談することで、請求額が妥当かどうかを確認し、適切な対応方法を決めることができます。
また、調停や裁判を避けるための交渉方法もアドバイスしてもらえるので安心です。
必要に応じて不動産会社にも相談しておく
遺留分侵害額請求がある場合、相続した不動産を売却し現金で支払うことも考えられます。不動産売却の際には不動産会社に相談し、売却活動を進めていくとよいでしょう。
不動産会社によって、戸建てをメインに取り扱う会社もあれば、マンション売買を専門的に行う会社もあります。売却の相談をする際には、相続問題にも詳しく実績がある不動産会社がおすすめです。
不動産は売却タイミングによって価格の変動があるため、売却に適切な時期についても不動産会社に相談しながら進めていきましょう。
まとめ
本記事では遺留分侵害額請求について、概要や旧減殺請求権との違い、不動産売却に与える影響などについてまとめました。遺留分侵害額請求が来た場合の対処法についても解説していますので、これから不動産を相続する方は参考になさってください。
遺留分侵害額請求は相続や不動産売却に大きく影響するため、相続発生時点で相続人の間でコミュニケーションを取り合い、意見をすり合わせておくことが重要です。家族の間で相続財産をめぐって争いやトラブルになることを避けるために、早期に遺産分割協議を行い、記録は書面として残しておくことをおすすめします。
また、売却前に不動産会社に相談しておくことで適正な価格での売却が可能になり、資金調達や相続人間の調整もスムーズに進められます。専門家のアドバイスを活用して、円満な相続を目指しましょう。